平成18年度 経営情報部会 WG2活動成果報告

WG2 ITを活用した技術の伝承事例の調査・検討

参加メンバー: 浦上 尚(ジャパンエナジー)、黒田芳信(東洋エンジニアリング)、神處 弘(出光興産)、本田達穂(主査、横河電機)、矢野孝弘(新日本石油)(敬称略、50音順)

*メンバーの所属および下記成果報告書は2007年3月現在のものです。

1.はじめに

2007年問題というキーワードで知られる通り、ベテラン技術者の大量リタイアが始まっている。これに伴い、ベテラン技術者が暗黙的に持っている技術技能が失われる恐れがあるため、これを防ぐべく対策が求められている。このような背景において、本WGでは

  1. ITを用いた技術の形式知化と伝承の事例調査
  2. 技術知識の分類整理
  3. 分類された技術の特徴に応じたIT活用法の現状と展望整理

のステップでITを活用した技術の伝承事例の調査・検討を行った。

2.ITを用いた技術の形式知化と伝承の事例調査

 事例調査では、専門の講師を交えての勉強会、講演会聴講および関連文献の調査を行った。

2.1. 専門の講師を交えての勉強会

(1)技術の蓄積・伝承の手法としての形式知化

横河電機  千賀典彦氏

(2)運転支援システムによるボード業務支援の推進

出光興産  竹内健史氏

(3)ジャパンエナジー精製KMシステム

ジャパンエナジー 浦上 尚委員

(4)石油プラント保守点検作業支援システム

東洋エンジニアリング 黒田芳信委員

(5)2007年問題に向けた技術伝承手法の紹介

東洋エンジニアリング 高橋正成氏

(6)現場スタッフ業務支援事例

出光興産 神処 弘委員

2.2. 講演会および文献調査

(1)化学工学会講演会「企業活動における失敗知識の活用」
・不具合知識の構造化による不具合予測未然防止

構造化知識研究所 代表取締役 田村泰彦氏

・Eラーニングによる事故事例伝承

三井化学 岩国大竹工場 三上義和氏

(2)化学工学会関東サロン
・ 「2007年問題に直面して、技術伝承にどう取組むか」

旭硝子(株)執行役員 大日向正文氏

(3)文献調査
・「計装」2006年5月号“運転技術継承の為の知識情報化”

(株)トクヤマ 橋本芳夫氏

・「計装」2006年5月号“技術技能伝承へのプロセスシミュレータの活用”

アスペンテックジャパン 原 真伸氏

3.技術・知識の分類および伝承事例

 石油プラント操業での技術・知識は各組織の中で遂行されている業務形態で、定型(ルーティン)的な仕事と非定型(スタッフ)的な仕事に大きく分類される。知識・ノウハウの蓄積伝承の方法・あり方もこの仕事の性格によって変わってくるものと考えられる。
調査した事例を通して、技術・知識、およびその蓄積伝承方法の分類・整理を行った。

3.1. 定型的な業務での技術・知識の蓄積・伝承方法

3.1.1. 蓄積・伝承方法の特徴  
定型的な業務では、「間違えないように運転する」、「間違いのないように設計する」等が重要となる。知識技術の蓄積伝承方法として運転部門では(1)マニュアルや基準類にその知識・ノウハウを文章化(形式知化)し、伝承・活用できるようにする。(2)システムにより自動化、ガイダンス化し、業務・運転操作等を標準化し、間違いのない操作を確保することである。設備設計・保全部門で見ると、マニュアルや基準類にその知識・ノウハウを文章化(形式知化)し、伝承・活用できるようにすることとなる。

3.1.2. 技術・知識の蓄積伝承方法
技術・知識の蓄積伝承方法としての基準化、要領化の流れとしては、図1のように

図1

  1. 業務上でのトラブル、失敗からの基準、マニュアル類の作成・改定
  2. スタッフ部門の社外情報からの改定、解析改善検討からの基準、マニュアル類の作成・改定

により蓄積を行い、さらにそれら基準、マニュアル類の教育を行い、業務にフィードバックする形での伝承となる。
基準、要領の例としては次のようなものがある。

[運転部門]

  • オペレーションマニュアル
  • 設備点検要領
  • 各機器設備操作要領
  • 安全機器取り扱い要領
  •  
[設備設計保全部門]
  • 設計基準書(各機器毎)
  • 検査技術標準
  • 点検検査基準
  • 工事施工要領
  • 機器標準製作仕様書
  • 工事安全対策要領
  • プラント設備変更時要領書

これらに対応したITを活用した技術の伝承事例としては、(1)運転支援システムによる自動化プログラムでのベテラン技術者の操作をDCSや上位システムで自動化、操作要領の自動化(知的自動シーケンス化)、ファジー制御への組込みが行われている。(2)運転技術・知識データベース化では、ベテラン技術者の操作履歴の蓄積、参照を行うものがあった。また(3)訓練シミュレーター(ダイナミックシミュレーター)では、スタートアップ/シャットダウン等経験できない操作の訓練に利用されており、(4)訓練施設、訓練プラントでの実機を使用して定期的に訓練実施などもあった。教育体制としてはキャリアデベロップメントの仕組みと教育カリキュラムの整備が行われている。またEラーニングの活用も行われてきている。

3.2. 非定型的な業務での技術・知識の蓄積・伝承方法

  非定型的な業務としては企画、改善案件の発掘、検討、提案、案件に対し過去の資料調査・経緯を把握し、その分野の新しい技術内容を探しながら、企画・検討する、創造的な業務となる。ここではマニュアルや基準類は通用しない過去の検討資料、関連情報が重要となる。
  このとき必要とされる情報は、図2のようにさまざまな価値レベルのものがあり、加工整理されるに従って、初めて技術情報として再利用され、活用されるようになり、情報としての価値が増加し、 レベルが高いほど利用価値が高い加工された情報と考えられる。

図2

(図2補足説明)
(1)レベル0の情報
その事業所の各技術セクションのメンバー全員の入手、検討作成する情報で、種々雑多な資料が含まれている。すなわち貴重なものから、単なる情報や作業報告等が含まれる。これらは、各人または共通のファイルや電子情報ファイルとして蓄積される。

(2)レベル1の情報選別登録蓄積

技術・情報を蓄積しようとするならば、まずレベル0の情報の中から、あまり厳しく選別しないで、継続的に電子化し登録する活動が必要。 レベル0の情報を選別し、登録蓄積したものは、検索し活用が可能な仕組みを作れば、この情報の状態で検索活用が可能となる。

(3)レベル2への加工

レベル1はまだ質の高い技術情報とは言えないレベルで、レベル1の中から同種の情報を集め、一つのテーマに向けて整理し、まとめ、かつ一般化した技術内容にまで高めたものをレベル2とする。これを技術情報(仮称)として、検索・活用が可能なシステムにすれば、有効な蓄積・活用の手段となる。

  またこのような、技術を蓄積・活用しようとするならば、図3に示すような定期的な情報加工による価値の向上が行われる仕組み、活動が必要となる。

図3


  書類の作成業務から保管の流れの中では、技術・知識の蓄積と活用の仕組みができている環境が最適であり、ITを利用した事例としては図4に示すKnowledge Bank(TEC)のようなシステムがあった。

図4

3.3. 技術・知識の分類および伝承

これまで述べた技術・知識の分類および伝承について下記表にまとめる。

4. ITによる技術・知識の蓄積,伝承方法の今後の展望

4.1. 定型的業務

  2007年問題を背景に、安全操業の確保の観点からIT技術が技術・知識の蓄積、伝承に果たす役割は益々大きくなってきている。

4.1.1. 運転支援機能の強化への期待
 「運転支援システム」ではオペレーション分野でのベテラン技術者の暗黙知の形式知化を行い、運転支援システムによる操作の標準化、監視の高度化を図ることには、今後充実強化が期待され、現場とのモバイル連携を組み込むことで、さらなる効果的な支援が可能となる。「スタートアップ/シャットダウン操作」の支援には、現システムですべてをカバーするには限界があり、技術的な発展が期待される。
  「現場スタッフ支援システム」では、少人数によるさらなる安全・安心のオペレーションを確保していくため、現場スタッフ(シフトメンバー、オペレーション部門日勤スタッフ)をITで支援する技術が試みられている。各種のデータ採取、入力、関連情報の表示、活用等の面で今後期待される分野であるといえる。

4.1.2. ベテラン技術者の知識の形式知化への取組み
 
ベテラン技術者の操作履歴をパターンとして認識し、データベース化する取組みの事例があり、今後の適用発展が期待される。またフィールド巡回でのベテラン技術者の行動パターンを映像履歴から抽出し、ノウハウを形式知化する研究も行われている。この成果は当面、新人教育に活用することを目指している。

4.1.3. 教育、トレーニング(トレーニングシミュレーター)
 実際の経験が少なくなってきている運転異常やスタートアップ/シャットダウン時の操作、監視について、ダイナミックシミュレーターによる実際の体験をバーチャルに経験できるトレーニングシミュレーターが近年進展を遂げ、実用化に拍車がかかっている。また常に改造が発生するプラントに対し、シミュレーターが容易に即応できるように、さらなるメンテナンス性の機能向上が期待されている。

4.1.4. Eラーニングによる教育
 IT技術を活用して、より教育を効率的に実施する方法として、社内向けEラーニングへの取組みも見られる。

4.2. 非定型業務

 スタッフ的な非定型業務においては、有効な技術資料を迅速に検索し、過去の資料を活用できることが重要となる。IT技術による技術・知識の蓄積活用の環境として、KM(Knowledge Management) システムがあり、近年導入・活用が進展してきている。

4.2.1. KMシステムの現状
 KMシステムは近年、技術・知識を蓄積し活用の視点から、検索技術を中心に普及してきたシステムであり、発展途上の技術である。製油所毎、部門毎にフォルダを分類し、部門別または製油所、本社を横断的に検索し、活用する仕組みが一般的に行われている。

4.2.2. KMシステムの導入・活用の留意点
 まずシステムを導入しただけでは成功は難しいことがあげられる。現時点で、全文検索等の技術はあるが万能ではなく、適切な検索ができるとは限らないので、部門別検索と全体の横断的な全文検索の両方の仕組みが必要と考えられる。
  またシステムが陳腐化しないために、常に情報が加工、更新され、形式知化のサイクルが行われるような、組織を含めた仕組みが重要である。
  ゴミ情報(よけいな情報)を拾い出さないための仕組みとしては、(1)部門別フォルダと全文検索の併用、(2)人の限界を超えた多すぎるキーワードを避け、1画面に集約化、(3)情報をシステムに登録する際、登録が目的にならないよう、通常の業務の中で自動的に情報が蓄積されていく仕組みを構築することが重要となる。

5.まとめ

 IT技術の技術知識の蓄積、伝承への貢献は大きくなってきているが、決して万能ではない。また人の教育、育成を通して修得していく過程が重要であり、IT技術はそれを補完していく役割を持つという認識が不可欠であるとともに、知識を収集、整理、加工して形式知化し、活用していくサイクルが、業務に組み込まれていることが重要であると思われる。

部会活動経営情報部会|トップページへ