平成16年度 経営情報部会 WG2活動成果報告
WG2 製油所内における無線ITインフラ利用に関する考察
参加メンバー: | 朝守 始郎(東洋エンジニアリング),田中 修司(日揮),服部 暁紀(横河電機),古谷 俊明(昭和シェル石油),村上 大寿(出光興産),途中まで望月 衛(新日本石油)(敬称略,50音順) |
*メンバーの所属および下記成果報告書は2005年3月現在のものです。
はじめに
現在、オフィスや家庭内には、携帯電話・PHS・無線LANなどの無線機器が利便性や拡張性、高速化や高機能化などを背景に爆発的に普及している。平成16年度情報通信白書によると、携帯電話契約者数は約8,150万台に達し、平成11年を境に固定電話の契約者数を逆転した。携帯電話は、今や一人に一台所有していると言っても過言ではない。また無線LANは、電波が届くところであればどこでもケーブルなしでアクセスができる手軽さが受け、急速にユーザー数が拡大している。民間調査会社の調べでは、2003年の無線LANカードとアクセス・ポイントの出荷台数は2,270万台に達し、前年と比べると3倍以上になったとしている。一方で自宅での無線LAN導入率は半数を突破したとも言われている。
さて製油所内に目を向けてみると、無線を利用すれば、広大な敷地をカバーし、防災やセキュリティーなど効率的かつ低コストでのプラント運用の可能性が期待できると思われるのだが、無線系システムの利用は防爆等の制約から思ったほど利用が進んでいない。
本WGでは、石油元売製油所や精製会社製油所における無線ITインフラの利用実態や課題に関する調査、および今後の利用方法に対する提案等の考察を行うこととした。
一方、仕事の品質保証をめざすために、KPIが馴染みのある言葉として定着してきたが、KPIのリアルタイム性を強調したものがRPMと考えられ、その概念やツールが様々な場で紹介されている。欧米では、2000年頃からNPRA等で構想が打ち出され、複数の業務領域で活用されているソフトウエアのデータを統合管理する製品も開発され、実用化が進んでいる。
本WGでは、わが国の石油業界における国際競争力強化の観点から、RPMについて、欧米型の構想やツールをそのまま適用できるのか、日本の経営方式や製品市場・取引慣習等を考慮する必要があるのかの見極めが急務であり、石油会社の取り組みや国内ソリューションプロバイダーの動向に関する調査、および今後の適用に関する提案を行うこととした。
1. 活動内容
製油所における無線利用の実態と導入時の課題等を把握するため、各製油所向けにアンケート調査を実施し、その内容を分析した。
またアンケートとは別に、住友化学(株)大分工場殿のご好意により、同工場の無線導入事例を現地見学させていただいた。
2. アンケート概要
アンケートの概要は以下のとおりである。
- 実施期間:2004年7〜8月
- 対象:国内 30製油所
- アンケート回収数:24製油所
- アンケート回収率:80%
- 質問の内容
質問1 無線システム導入状況について
質問2 運用方針等について
質問3 今後の予定について
3. アンケート調査結果
アンケートの収集結果と当WGでの分析結果について説明する。
3. 1 無線システム導入状況について
製油所における無線システムの導入状況について、以下の6分野で導入状況を調査した。
- 計器室
- ITV
- ページング
- 無線LAN
- 電話(音声コミュニケーション)
- その他
3.1.1 無線導入状況の概要
製油所内の無線利用は、携帯電話、構内PHS、防災無線、トランシーバーやページングなどの音声系の通信にほぼ限定されており、一部のユーザーで画像伝送に利用している例が見られた。
計器室やDCS周辺の制御系通信については、無線通信は採用されていない。その理由としては、制御系ネットワークの使用に耐えうるレベルに無線技術が達してしていない、また実績としても少ない、ということが考えられる。
やはり無線伝送は、いくら高速になったとは言え、有線伝送と比較すると遅く、使用環境によっては通信が遮断される可能性があるため、石油プラントのようなリアルタイム系の制御の通信には、現在の技術では採用は難しいと言わざるをえない。
しかし画像伝送は一部の製油所では非防爆エリアで導入されている。今後、防爆型が商品化されれば、防爆エリアでの導入も期待される。3.1.2 無線システム関係の製品や使用例
この節では、製油所内だけでなく製造現場全般で使用されている無線システム関係の代表的な製品や使用例について記す。
- 構内PHSでは、既にいくつかの防爆型が商品化されている。岩崎通信機のDIGIX、日立国際電気のSine Net DRXシリーズ、三菱電機のモバイル・ファクトリー・システムなどが挙げられる。また防爆型ではないが、建設現場などで携帯電話を使用した画像伝送サービスなどもある。構内PHSを利用しDCS情報を遠隔で監視操作する、山武のPlant Walkerというシステムもある。
- 無線LANを利用した画像伝送の例もある。カメラを搭載した現場巡回用の自動車から撮影した画像を無線LANで伝送するものである。無線LANは通常、数10 m程度の距離しか伝送できないが、当システムのメーカーであるアイコム(株)によると、特別なアンテナを設置し伝送距離を数km程度まで延長できるそうである。
- 長距離ワイヤレスモデムを利用した無線伝送装置は、オムロン(株)より商品化されている。広域農業エリアの排水ポンプの遠隔監視や複数のタンクの液面監視などに利用されている。この装置も数km程度の伝送が可能であるが、無線LANと比べると伝送スピードが遅く、自動制御の用途には使うことはできない。加えて小エリア無線の免許申請が必要であるという手間がある。免許申請には特別な資格は必要ないが、若干の手数料や電波利用料が必要となる。詳細については、メーカーあるいは各地域の総合通信局に問い合わせていただきたい。
http://www.tele.soumu.go.jp/j/proc/type/aptoli.htm- 無線伝送装置の導入事例
前述のとおり、当WGでは住友化学(株)大分工場殿を訪問し、無線伝送システムを見学させていただいた。 当システムは、前述の3.長距離ワイヤレスモデム(WM51)を使用した実例である。現場の温度や液面等のプロセスデータを無線通信で計器室へ送り、遠隔で監視を行うものである。 当工場の主力製品は農薬で、農薬のようなファインケミカル製品は商品のライフサイクルが非常に短く、生産設備の更新が頻繁に発生する。そのため、競争力のある工場を目指し、コスト削減とともに新技術の導入も積極的に行っている。今回見学させていただいた無線伝送システムにもそのような背景がある。当システムを簡単にまとめると、以下の通りである。
a)コスト削減(撤去費用含めて▲55%)
b)ケーブル敷設を回避(資源削減・高所作業排除)→レスポンシブル・ケア(*1)
c)撤去・転用の容易なシステム構築
d)信頼性・安全性・セキュリティー性の追求
e)新技術へのチャレンジ→同社初採用
f)類似アプリケーションに向けた技術の蓄積
なお本システムは、「計装」 2004年5月号(*2)に具体的なシステムが説明されている。- 無線発信機
製品例の最後に、無線発信機を紹介する。米国Honeywell社にて商品化されているもので、同社HPの記載を基に説明する。まず種類としては、大別すると2種類に分かれており、個々の発信機が無線化されているものと、通常の発信機からの信号をまとめて無線で送る方式である。センサーのタイプは、Gauge and Absolute Pressure、Temperature、Analog Input、Acousticである。
機器の特徴としては、
1. 伝送距離は、見通しがきけば2,000フィートまで可能
2. ケーブル敷設コストが、1フィートあたり$10〜$40節約でき、運用コストも低下
3. 短期間での構築が可能
4. 最大50点まで監視可能
5. 電池寿命は3〜5年
6. 導入前にSite Surveyが必須
などと紹介されている。詳細については、以下のURLを参照していただきたい。http://www.lesman.com/unleashd/technotes/xyr_view/index.html
3. 2 運用方針等について
運用方針のアンケートでは、
- ガイドラインの有無・作成目的
- ガイドラインの適用場所
- 各無線機器に対する制限
- ガイドライン作成時の参照資料
- 各種規制やガイドラインの例
- ガイドラインの遵守状況
についての調査を行った。
3.2.1 アンケート収集結果の概要
まずガイドラインの有無については、全ての製油所でガイドラインを作成していることが分かった。ガイドラインを設けている理由は、その多くは安全操業のため、計装機器への影響や危険場所および非危険場所での使用方法を考慮、を挙げている。なお1つの会社で製油所ごとにガイドラインを作成している例が見られた。これは、本社と製油所間の情報の共有が十分でないことや、合併等の影響が考えられる。
ガイドラインの適用場所は、製油所全エリアに対して適用しているのがほとんどである。
次に、各無線機器に対する制限だが、携帯、PHSでは、出力、周波数、防爆、使用個所等に制限をかけている。使用箇所は、基本的に屋内に限定している。ただし、計器室内での使用は禁止されている。無線LAN関連では、ほぼ携帯、PHSと条件が同じだが、セキュリティー対応が挙げられている。
ガイドライン作成時の参照資料については、公的な機関の基準やメーカー基準など様々なデータを参考にしながら作成されているようである。ただし実際には、回答者自身がガイドラインを作成した当事者ではないため、大多数は具体的な詳細については分からなかったものと推察する。
最後にガイドラインの遵守状況だが、ほとんどの製油所でガイドラインは守られており、また無線機器を有効に使用するために、定期保守時の使用、ガス検との併用など実情に沿った内容や条件を考慮しながら使われていることも分かった。3.2.2 規程やガイドラインの実例
この節では、いくつかの規程やガイドラインの実例を示す。
- 防爆規程
労働安全衛生規則の第261条及び280条が該当する。
第261条 通風等による爆発または火災の防止
可燃性ガス・蒸気が存在し、爆発または火災の恐れのある場所では、通風、換気等による措置を講じなければならない。
第280条 爆発の危険のある場所で使用する電気機械器具
可燃性ガス・蒸気が爆発の危険のある濃度に達する恐れのある箇所では、防爆構造電気機械器具でなければならない。- DCS設置基準
横河電機(株)の「CENTUM CS 3000 設置ガイダンス」によると、「出力3 W以下のトランシーバーでは1 m以上の距離を,出力10 W以下のトランシーバーでは2 m以上の距離を確保して使用してください。」という記載があり、無線機の出力レベルにより、一定の離隔をとることを規定している。- 無線LAN使用時の注意事項
総務省作成の「安心して無線LANを使用するために」(H16.5)に、無線LAN使用時のセキュリティーについての説明がある。
1. 使用箇所の制限
2. MACアドレス(*3)フィルタリング
3. ESS IDグループ認証(*4)
4. WEP(*5)、WPA暗号化(*6)
5. IEEE802.1X認証(*7)
詳細については、総務省のHP(http://www.soumu.go.jp/joho_tsusin/lan/) を参照していただきたい。- 医用電気機器に関するガイドライン 医療関連では、「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」(http://www2.ias.biglobe.ne.jp/emcc/others/keitai.html)がある。本指針は、電波環境協議会が平成7年度から平成8年度にかけて現在運用されている機器について実施した実験データに基づき作成されたもので、実験を行った医用電気機器は延べ727機種に上る。多くの医療機関は本指針を参照し、病院内等での取り扱い方法を規定している。
その他、上記以外にも製油所独自に作成した携帯電話や無線機器等の使用基準を規定したものも存在することが、当WGの調査において判明している。
3. 3 今後の予定について
最後にアンケートでは、無線機器導入に関する今後の予定について、質問した。
3.3.1 アンケートの調査結果
各製油所での無線機器の導入時期については、導入状況のアンケート結果からも分かる通り、ページングや電話については既に導入済みのところが多いが、その他の機器については導入予定があまり見られない。これは、一般商品であっても、製油所で使えるような防爆対応製品がないことが、その大きな理由と考えられる。
導入する場合の評価基準だが、その中で特徴的なことは、既に導入済みのページングや電話などの機器については、経済性よりも他の要素が重要な評価基準になり、今後導入予定の機器では経済性が重要な要素とみなされていることが分かる。3.3.2 要望等
機器・設備メーカーへの要望では、以下のような意見が上位を占めた。
1. 防爆対応(10製油所)
2. 軽量、小型化、ポータブル性(5製油所)
3. 安価な製品(4製油所)
4. セキュリティーの確保(2製油所)
5. その他(6製油所)製品寿命の長期化、他機器との接続など製油所という環境で無線機器を使用するには防爆対応が必須であるが、それに対応するように商品化された機器が少ないのは、対応を取ろうとすれば、製品の仕様や価格に影響する結果になってしまうから、だと考えられる。その反面、政府・学会等への意見や要望では、防爆の規制緩和などを求める声が上がっている。
以上の結果から、全般的に製油所では無線機器の導入について、積極的に導入しようとするところが少ないように思われる。しかし別の見方をすれば、導入時期との関連で、防爆対応の機器があれば導入したいが、それがないためにあきらめていると考えることもできる。
まとめ
一般社会や製造業では、多くの無線機器が導入されてきている中で、一部製油所でも導入の試みがなされてきている。製油所においては、安全・安定運転という重要な使命があり、そのために防爆などの基準はあるが、それに満足する機器が提供されれば、製油所でも積極的に導入され、新たな活用の方向も見出されていくと考える。
また製油所共通で参照できるようなガイドラインの策定も無線利用を大きく後押しすることになるだろう。業界全体としての動きにこれからも注目したい。
本報告書の最後に、当WGの活動に際し、情報提供などにご協力頂いた各社製油所に感謝の意を述べ、本報告を締めくくりたい。
※本文中に使用されています商品名は各社の登録商標や商品名称です。
調査協力会社 (敬称略)
住友化学(株)・大分工場,オムロン(株),横河電機(株),(株)山武,大中物産(株),アイコム(株)。
アンケート集計結果
*下記、アンケート集計結果をpdfファイル形式で公開しています。
参考文献
- 「計装 2004年5月号」:工業技術社
- 「労働安全規則」:厚生労働省
- 「CENTUM CS 3000 設置ガイダンス」:横河電機
- 「安心して無線LANを使用するために」:総務省
- 「IT用語辞典 e-Words」:インセプト社
- 「医用電気機器への電波の影響を防止するための携帯電話端末等の使用に関する指針」:電波環境協議会
【補足説明】
*1: | レスポンシブル・ケアとは、化学物質を製造し、または取扱う事業者が、自己決定・自己責任の原則に基づき、化学物質の開発から製造、流通、使用、最終消費を経て廃棄に至る全ライフサイクルに渡って安全、健康、環境を確保することを経営方針において宣誓し、安全、健康、環境の対策を実行し、改善を図っていく自主管理活動のこと。 |
*2: | 特集:「拡大するPLCの適用領域と運用の実際」の中で、「プロセス監視の遠隔監視における無線技術とPLC計装の活用」というタイトルの記事の中で詳しく説明されている。 |
*3: | 各Ethernetカードに固有のID番号。全世界のEthernetカードには1枚1枚固有の番号が割り当てられており、これを元にカード間のデータの送受信が行われる。IEEEが管理・割り当てをしているメーカーごとの固有番号と、メーカーが独自に各カードに割り当てる番号の組み合わせによって表される。 |
*4: | IEEE 802.11シリーズの無線LANにおけるネットワークの識別子の一つで、混信を避けるために付けられるネットワーク名のようなもの。最大32文字までの英数字を任意に設定できる。 |
*5: | Wired Equivalent Privacyの略。無線通信における暗号化技術。無線通信は傍受が極めて容易であるため、送信されるパケットを暗号化して傍受者に内容を知られないようにすることで、有線通信と同様の安全性を持たせようとしている。 |
*6: | Wi-Fi Protected Accessの略。無線LANの業界団体Wi-Fi Allianceが2002年10月に発表した無線LANの暗号化方式の規格。従来採用されてきたWEPの弱点を補強し、セキュリティー強度を向上させたもの。 |
*7: | LAN内のユーザー認証の方式を定めた規格。特にIEEE 802.11bなどの無線LANでのユーザー認証仕様として強く認知されているが、仕様自体は有線LANにも対応している。 |
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