奨励賞(工業部門)
可溶性炭素前駆体の生成過程の解明と液相を経由する炭素コーティング法への応用
郷田 隼 殿((株)日本触媒 研究センター アシスタントマネージャー)
無機物などの基材の表面性状を改質する目的から行う炭素コーティングには,化学気相蒸着法や基材を熱可塑性樹脂とともに熱処理する方法が知られている。一般に,前者については,nmオーダーのコーティングが可能な反面,複雑な形状の基材に対してはコーティングが不均一となる課題がある。また,特殊な蒸着装置が必要なことや,装置の大型化が難しいことも,工業化する上での課題となっている。一方,後者については,一般的な熱処理炉の使用が可能な反面,nmオーダーのコーティングを実現できる基材と熱可塑性樹脂の組合せは,特定のものに限られる課題がある。
郷田氏は,フロログルシノール(PG)を特定の温度域にて熱処理して得られる熱分解物が,有機溶媒への高い溶解性を示すこと,さらにこれを高温で炭素化すると高い炭素化収率が得られることを見出した。そして,固体13C 核磁気共鳴(NMR)をはじめとする各種の分光学的測定と,分子動力学計算をはじめとする計算化学を用いて,この可溶性炭素前駆体の生成過程を詳細に検討した。その結果,前駆体の溶解性と炭素化収率の高さは,PGの脱水縮合によって生成されるフラン環構造に由来することを明らかにした。さらに,この可溶性炭素前駆体を用いた液相経由の炭素コーティング法を考案した。この方法は,基材に付着した余剰の前駆体を溶解除去したのち,基材に強く固定された前駆体のみを炭素化する方法であり,従来法の適用が困難な基材に対して,nmオーダーの炭素コーティングを可能にした。
分光学的手法と計算化学を相補的に用いる手法は,解析手法が限られる有機物の熱分解過程を明らかにする上で有力な手法であり,学術的な貢献は大きいと判断される。一方,可溶性炭素前駆体を用いた炭素コーティング法は,高価な原料や特殊な装置を用いることなく,様々な基材に炭素特有の導電性や摺動性を付与することが可能であり,今後の工業化が期待される技術である。よって,本会表彰規程第12条2項に該当するものと認められる。
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