奨励賞(日揮賞)(学術部門)

硫化水素を活用した低級アルカン脱水素反応に関する研究

 

渡部 綾 殿(静岡大学学術院工学領域 准教授)

 渡部氏は,石油化学プロセスにおける余剰の低級アルカンと硫化水素を積極的に活用し,高付加価値な低級オレフィンへと転換する触媒反応プロセスの開発において優れた業績を挙げた。
 プロパン脱水素反応は,石油留分の中で価値の低いプロパンから価値の高いプロピレンを高選択的に製造できる重要な反応であるが,現在工業的に用いられている触媒は活性や安定性が十分ではない。渡部氏は,第3周期の遷移金属触媒に硫酸イオン(SO42-)を担持することにより,遷移金属単独では不活性な触媒が優れた性能を発揮することを見出し,硫酸イオン担持という簡便な手法により触媒を活性化できるという新たな触媒設計指針を提示した。また同氏は,硫酸イオンが反応雰囲気で格子硫黄(S2-)に還元されることで触媒機能が発現することを明らかにし,格子硫黄と遷移金属からなる硫化物触媒がプロパン脱水素に有効であることを提示した。さらに同氏は,硫化物触媒の格子硫黄の放出が触媒失活に繋がり,格子硫黄の再生が安定な触媒機能の発現に寄与することを見出したことから,反応原料中に硫化水素を共存させて連続的に格子硫黄を放出・再生する触媒プロセスを考案した。これまで硫化水素は,脱硫プロセスで大量に生成し,低価値であるとともに,多くの化学反応において数ppm程度の低濃度でも触媒被毒を引き起こすプロセス阻害剤として広く認識されていた。これに対して同氏は,硫化水素を共存させることで触媒劣化を回避し,工業触媒と遜色のない性能を硫化物触媒に付与し,安定性の面ではむしろ優位性があることを示した。また,硫化物の格子硫黄は“soft”な酸化剤として働くために,生成物の過剰酸化が進行せず,高転化率領域でも高いオレフィン選択性が得られることも示した。
 以上のように,渡部氏は,遷移金属硫化物触媒の格子硫黄が低級アルカン脱水素の活性点として機能することを見出すとともに,硫化水素による格子硫黄の連続的再生により脱水素反応の安定的な作動を実現した。格子硫黄のレドックス機能を反応制御に応用するとともに,余剰の硫化水素を効果的に活用した安定な触媒プロセスを開拓しており,学術的な新規性のみならず,石油化学工業への貢献も大いに期待できる。よって,本会表彰規程第12条1項に該当するものと認められる。

 

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