平成26年度経営情報部会WG活動成果報告

WG2 石油・石油化学産業における保守・操業データの活用方法の調査・研究

参加メンバー: 内田 充((一財)石油エネルギー技術センター),大嶋  守(千代田化工建設(株)),木村としや(東洋エンジニアリング(株)),後藤 英敏(昭和電工(株)),鈴木 裕晶(千代田化工建設(株)),松本 巖((有)ジール),村上 大寿(出光興産(株)),村木 正昭(東京工業大学名誉教授),森田 真澄(日揮情報システム(株))(以上,9名)

*メンバーの所属および下記成果報告書は2014年6月現在のものです。

1. はじめに

  近年、特にサービス産業を中心に、商業活動の電子化によって膨大な電子情報がリアルタイムで蓄積される環境が一般化しつつあり、この膨大な電子情報をビジネスにおいて有効活用する方策を検討する企業が増えている。いわゆる"ビッグデータ"の時代である。
  一方、国内の石油・石油化学産業においても、プラント操業においてリアルタイムで収集されるデータは着実に増加しつつあり、既に10年以上の過去のデータを蓄積している企業もめずらしくない。また、プラント内で管理されているデータも、温度、圧力、流量などのセンサーデータにとどまらず、運転員のプラント操作履歴、アラーム・イベントログ、ラボ分析データ、保全データ、検査データ、運転日報、入出荷記録、資材調達データなど多岐にわたっている。これらは、高速に収集・処理される大量で多種多様なデータであり、これらの集合体はプラント内のビッグデータとも言える。
  当産業でもサービス産業と同様に、ビッグデータ技術を適用することによってこれらのデータを分析し、業務や経営の課題解決に役立つことが期待される。しかし現状は、これらのデータを各々の業務遂行に使用している状況で、更なる有効活用の可能性を残している。
  そこで、石油学会経営情報部会では2013年にワーキンググループを立ち上げ、サービス産業における"ビッグデータ"の利用方法を参考にしつつ、石油・石油化学産業におけるビッグデータ、即ちプラントビッグデータ活用のイメージ(第1図)を作成した。そしてこれに基づきプラントビッグデータへの期待や関心の有無について、石油学会会員企業にアンケート調査およびヒアリングを行い、今後の方向性を検討したので紹介する。

1.プラントビッグデータ活用イメージ

  この章ではプラントビッグデータの活用イメージについて説明する。
  先ず「データ」を3つのカテゴリーに区分した。
  「システム化データ」とは、石油・石油化学産業のプラントには既に情報システムが導入され、個々のデータベースで管理されているデータである。例えば操業、運転データなどである。 「非システム化データ」とは、企業内には存在するが情報システムのデータベースで管理されていないデータである。例えば作業担当者のノート上にある作業記録などである。
  「システム化データ」と「非システム化データ」合わせて「企業内データ」とした。
  これに対して、「企業外データ」は企業外に存在し、自社のビジネスに有用と期待されるデータである。例えば他社管理データなどである。
  次に、「情報システム」とは、装置から収集されるセンサーデータなどの動的データ、保全や検査記録などの静的データ、日報や引継簿、ヒヤリハットなどの非構造化データを仮想的に統合した「プラントビッグデータ」と、データマイニング、テキストマイニング、統計解析などからなる「ビッグデータ分析」とで構成されたシステムである。
  そして、その結果、技術伝承や安全操業などの業務課題、業務革新や組織変革などの経営課題の解決に向けた新たなアプローチが可能となり、更なる企業価値の創造が期待される。

2.アンケート調査の結果

  石油学会会員企業の中からプラントオーナー企業、プラントエンジニアリング企業を中心に134社にビッグデータ活用状況に関するアンケートを実施し、39社から回答を得た。以下の9項目に整理した結果を第2図に示し、各項目について簡単に説明する。

(1) ビッグデータ活用への興味

  「興味なし(未導入、導入検討もなし)」71%は、プラントビックデータを、サービス産業が扱っているビッグデータと解釈して石油・石油化学産業の現場で活用できる業務がないと回答したと推測される。
  一方、「興味あり(一部導入済、導入検討中)」29%は既に企業内、プラント内にある既知のデータなどもビッグデータ(プラントビッグデータ)と解釈していると考える。以降(2)から(6)までは興味ありとした企業からの回答であり、(7)から(9)は興味あり、興味なしと回答した双方への問いに対する回答である。

(2) 活用の目的

  プラントビッグデータの活用目的は保全業務の効率化、高度化、安全・安定操業、技術伝承など、プラントが抱えている業務課題解決と一致する。

(3) 活用のレベル

  活用対象レベル(組織階層)はプラント、部門部署であり、活用目的が業務課題解決であることと一致する。 想定される次の展開は全社レベルでの活用であり、経営課題の解決及び新たな企業価値創造が目的である。

(4) 活用上の課題

  膨大なデータから業務課題を解決に導くための分析ができる要員不足、その要員の採用、育成、場合によってはアウトソーシング、何よりもビッグデータ構築のための費用、これらを獲得するために根拠となる投資対効果の評価が難しい点が課題である。活用目的が保全業務の効率化、高度化、安全・安定操業、技術伝承などであるため、業績向上に直接結びかないこともシステム導入を困難にしていると思われる。

(5) データの信頼性

  プラントビッグデータの大半を占める装置からのデータ(センサーデータ、DCSなど)は長年プラントの運転操業、保全で活用しており、それらの信頼性は周知のことである。

(6)利用したいデータ

  プラント内で既に業務上管理されている保守記録、センサーデータ、システムログ、パトロール点検データ、運転日誌、引継簿、画像データを従来の目的以上に活用できないかとの期待の表れである。

(7) プラントビッグデータ活用のアイディア

  アイディアの殆どが業務課題の解決への活用であるが、人間系の課題が多い。ヒューマンエラー防止、若手のスキル向上、運転員や保守要員減少への対応などに、プラントビッグデータの活用を期待している。

(8) 他社活用事例で詳しく知りたいこと

  適応事例、活用までのプロセス、プロジェクト体制、分析ツールなど、プラントビッグデータ活用までの方法論に興味が集まっている。一般的なビッグデータの活用でなく、数は少ないが石油・石油化学産業での活用事例を会員企業は求めている。

(9) 自社データの公開可否

  この項目への回答数は少ないが、注目すべきは公開可と回答した企業が半数近くあることである。プラント内の運転操業、保全データは門外不出との考え方も強いが、今まで挙げてきた業務課題は業界内共通の課題であり、各社がデータとその活用ノウハウを共有することで得られるメリットが大きいと考えている。

3.先進企業の取り組み

  次に、アンケート調査へ回答のあった企業から、先進的な取り組みを行っている9社を抽出し、それらの企業の具体的活動についてヒアリングを実施した。その結果を以下の5項目に整理した。

(1) プラントビッグデータの活用契機

  保守記録、センサーデータなどプラントビッグデータを長年蓄えてきたが、世の中で言われるビッグデータの分析手法を参考にそれらをより効果的に活用したいニーズが高まってきている。この背景には、従来の手法では解決できていない業務課題が存在するからである。

(2) プラントビッグデータの活用目的

  人材育成、技術伝承、予兆監視、高度制御、マーケティング、製品開発、製品のトレーサビリティ、プラントの稼働状況の把握、プラントの生産性向上、トラブル防止、予防保全、故障診断など、企業が抱える課題の解決への活用が目的である。

(3) プラントビッグデータ活用上の課題

  データは蓄積されているが、どう活用して良いのか分からない状況である。成功事例も少なく、投資対効果(ROI)が見え難いため、予算確保に苦労している。また、活用に際しては情報システム部門と現業部門間、プラント間での調整が課題となる。

(4) データ分析のための人材育成

  データ分析者を社内で育成するケース、アウトソーシングするケースなど、各社対応は様々である。しかし、分析ツールの習得だけでは分析結果から課題解決に導くことは容易ではない。そこに各社独自でビッグデータを活用する場合のハードルが存在する。

(5) 業界として集計、公開して欲しいデータ

  共有もしくは発信が必要な情報を業界が共有することが望まれる。データによっては各社が開示することで当産業界全体に寄与するもの、例えば安全運転操業に関する知見なども存在する。当産業界内でのデータ開示の必要性が高まるものと思われる。

4.まとめ

  今回、プラントビッグデータの活用状況を調査、研究するうちに、第3図が示すようにプラントビッグデータの活用目的が、対象とするデータの広がりに応じて3段階に展開して行くことが分かった。そして、展開を進めて行く上で越えなくてはならない課題があることも分かった。ここでは、活用の展開と課題について述べる。

(1) プラントビッグデータの活用展開

  3段階の活用展開は次の通りである。
  展開1は企業内にあるシステム化データをそれぞれの従来型業務で活用している状況である。例えば保守・点検・検査データは個々の業務に最適化されたシステムで処理され、主に保全業務で使われている。多くの企業はこの状況にある。
  展開2は企業内に存在するがシステム化(電子化)されていないデータも取り込み、データを複数組み合わせて、課題解決のために活用する状況である。例えば、操業データと保全データを組み合わせて、装置の故障予知を行うなどである。先進的な企業は既に複数データを効果的に組み合わせて、課題の解決に成功している。
展開3は企業の外にあるデータも取り込んで、新たな企業価値創造を目的にデータを活用する状況と想定する。プラントビッグデータへの期待はまさにこの活用領域にあると考えられる。この状況は単に他の企業から提供されたデータを利用するだけでなく、自社のデータを提供して産業界内で共有することで、より多くの価値創造が行われることが期待される。

(2) 活用展開上の課題

  活用展開を促進するために以下の課題が挙げられる。
  先ず、企業内にデータとして存在するが電子化されていない非システム化データをプラントビッグデータとして扱うために、フィールドマンが感知した事象をタイムリーに電子化する必要がある。また、従来紙媒体で扱っていたマニュアルや図面、機器の情報や作業記録を電子的にフィールドマンに提供し、その状況に合った判断、アクションを促す補佐的な仕組みが求められる。それを実現する為に、現場で活用できる防爆仕様のスマートデバイスが必要である。
  現場でのスマートデバイスの活用により、プラントビッグデータを実際の機器に重ね合わせて画面上に表示し、正しい作業者に正しい情報を正しい場所で正しく見せる拡張現実注1)の技術の恩恵を受けることも可能となる。しかし、日本での防爆仕様スマートデバイスは高価なため、企業が採用し易くする必要がある。
次に、多くの企業では、それぞれのデータを管理する組織が異なり、例えば操業データや運転データは製造部門、保守・点検・検査データは工務部門などである。データを仮想的に統合し、他部門のデータをも活用するには組織の壁を越えた協働が必要となる。トップダウンによる長期的なビジョンの共有と組織横断的な取り纏め役が重要である。
最後に、プラント内外に存在する多種多様なデータを自在に結び付けてデータを共有することを実現するためには、企業システム間、設備機器間、設備機器と企業システム間のデータ交換の仕様の標準化が必要となる。公開されている標準化としてOPC UA注2)がある。

おわりに

  今回の活動を通じて、石油・石油化学産業におけるビッグデータ(プラントビッグデータ)の活用イメージ(データ定義と活用目的)を明確にし、本産業界発展の為に進むべき道を示したのは本稿がはじめてと考える。
この先、プラントビッグデータを活用して行く上で解決すべき課題は産業界共通のものであり、そのためには産業界のみならず、ソリューションを提供するプロバイダーや要素技術を提供するメーカーの参加を大いに期待したい。
[謝辞]

  最後にこの誌面をお借りして、アンケート調査およびヒアリングにご協力頂きました多くの方々に心から感謝を申し上げます。

注1) 拡張現実(Augmented Reality:AR)、人が知覚する現実環境をコンピュータにより拡張する技術。(Wiki Pediaより)。
注2) OPC UA(OLE for Process Control Unified Architecture)、OPC Foundationが定めた規格

*本報告書は,「計測技術」(日本工業出版)2015年7月号(pp.1-5)に掲載されたものです。

 

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