平成18年度 経営情報部会 WG1活動成果報告

WG1 意思決定のための情報分析手法の調査・検討

参加メンバー: 神尾洋一(東洋エンジニアリング)、小杉光春(山武)、笹田知也(出光興産)、平井隆詞(日揮)、武藤真一(横河電機)、村上大寿(出光興産)(敬称略、50音順)

*メンバーの所属および下記成果報告書は2007年3月現在のものです。

はじめに

 近年、企業における競争力強化のために、組織の様々なレベルにおいて迅速な意思決定が求められている。このことは石油業界においても例外ではなく、より重要とさえ認識されている。
本WGでは、石油業界における意思決定の重要案件の事例として投資案件・生産計画の分野に絞り、

などに関して、石油業界の取組みや国内ソリューションプロバイダーの動向に関する調査を行い、今後の適用に関する考察を行うこととした。なお製造現場に近づくほど、瞬時の判断と迅速な操作が求められるため、意思決定のために情報を分析している時間的な余裕はないので対象外とした。

1. 活動内容

 まず候補となるツールとしてBI*を取り上げ、プロバイダー2社より情報提供を受けた。
次に、各社への調査方法に関しては、従来のアンケートでは回答者の主観や分野の責任者への振り分けなどにより、WGが期待している情報が得られないことが懸念された。そこで、ヒアリングにより聞き取り調査を行い、結果をWGメンバーにて議論して考察とした。

2. BI(Business Intelligence)の調査

 経営の見える化をキャッチフレーズにしてBI のプロモーションが盛んに展開されている。
BI は、個々の業務領域のデータベースを統合し、大型のデータベース(データウエアハウス)を構築し、様々な切り口で蓄積された情報をレポートや、ビジュアル化された画面で提供する。BI をうまく活用すれば、今年度のテーマに近い情報分析が可能になるのではないかと考えた。特に、BIでは過去の実績の解析、原因究明、将来予測が可能という特徴が強調されている。

 ちなみに現在は、ERP*やSCM*で一時代を築いたメンバーが、多くのプロバイダーに分散し、シェア争いを実施している。実際に2社から、ツールの機能説明とデモの機会を得た。
その結果、主に経営の中でも販売管理に軸足を置いて実績を伸ばしているツールであり、石油業界の意思決定の一部では運用できるものの、業界を取り巻く不確定要素や各種の制約を反映することには限界があるのではないかと考えた。
特に、RPM*の延長線上にある操業に関する意思決定については、過去の実績の解析に時間をかけることもできないことや、過去の実績の再現性に疑問もあり、BI の調査をこれ以上進めることが適切ではないと考えた。
もちろんBI が有効活用できる業務領域も石油業界には存在するので、今後のWG活動に期待したい。

3. 石油業界における意思決定

 石油業界における意思決定の特徴を簡単に考察する。

3. 1 石油業界の特徴

 石油業界は国内消費型の輸入産業で、国際情勢や天候などから、国際的な需給バランスの影響を受ける。また原油はほぼ100%輸入に依存している。
取扱量は膨大で、製造技術の完成度は高く、製造装置のほか、物流や販売のインフラも整備された成熟度の高い業界と言える。また取扱い数量が膨大なため24時間操業を実施し、原料・製品は可燃性物質のため、安全操業が重視される。
さらに、製品は競合他社との差別化が困難で、各種コストの削減が競争力に直結する。

3. 2 石油業界と他業界との比較

日本を代表する自動車業界と比較すると、同じ製造業でありながら、多くの違いが明確になると考える。
特に、生産体制、生産方式、在庫管理などで基本方針や対応が異なるため、石油業界特有の意思決定が存在することが理解できる。

  石油業界 自動車業界
収益性 薄利多売 高付加価値
生産体制 見込み生産 受注生産
生産方式 大型装置
連続運転
生産ライン
需要対応
新製品開発 原則不要
差別化困難*1
死活問題
ヒット製品要*2
危険物 大量取扱い 少量
在庫管理 季節変動考慮 不良在庫回避

*1:ボトム削減、高付加価値製品へのシフト
*2:設計・試作品に注力

3. 3 石油業界における意思決定の特徴

 石油業界における重要な意思決定対象を列挙した。

経営・投資・生産・販売の4つの切り口で整理してみると、業界の特徴が反映されていると思われる。

4 石油企業へのインタビューとその結果

4. 1 インタビュー実施内容

 各社の意思決定について、インタビューの場を設定し、情報の収集を実施した。
6社の協力を得ることができた。情報収集の対象は、(1)外部情報の活用、(2)情報分析、(3)投資判断、(4)生産計画に絞りこんだ。

4. 2 インタビュー結果

 個々の情報確認について特徴のあるものを紹介する。
「外部情報の活用」については、業界でのベンチマーキングのためコンサルティング会社を定常的に利用していることが確認できた。また、状況に応じて、調査会社も利用されているようである。
「情報分析」については、販売部門では分析ツールが利用されているようであるが、詳細については情報を公開してもらえなかった。
ERPは、代表的な製品が運用されているようであるが、会社によって活用の程度には差があるように思われる。
「投資判断」については、判断基準は各社の決済ルールに沿って運用されているが、詳細については、情報公開してもらえなかった。費用対効果については、回答を得た全社とも、個々の案件ごとに単独のペイアウトを原則としている。
投資効果の推定については、小規模投資であれば表計算等の単純計算を実施し、需給バランスに影響を与える場合はLP*計算を実施し、経済性を求めるようにしている。それ以外にも、過去の実績のKPI*評価や、複数製油所を持つ場合は、製油所単位で効果の推算を実施し、必要に応じて、関連情報を得るため、海外調査も実施している。
投資判断は、原則として、今年度中に次年度の予算審議が(予算枠の確保が主目的)実施されている。1年単位の運営は経営の迅速化という視点からは改善の価値があるのではないかと考えられる。しかし工事時期や大型装置産業であることから、当事者である石油会社はこれまでの運用ルールに問題はないと考えている。
予算運用は、年度ベースで半期見直しを実施している。予算投資効果の算出のため、各種手法が利用されている。運用範囲を限定すれば、その領域に適した手法の活用は可能と考えられる。マスタープランは3年に1回更新され、大きな前提条件の変化がなければ見直しは行わない会社が多いようである。石油業界を取巻く状況の3年後を予想することは、非常に困難であるが、ベースをその都度見直していたのでは、経営や現場の努力を正しく評価できないことも考えられるようである。
「生産計画」については、原油調達の基本部分である長期契約分については、契約を年に1回更新するため、LP計算を駆使して評価を実施している。一方、製油所での原油在庫と到着原油に基づく(実行)生産計画については、次月を重視し、在庫のバランスをチェックしながら、向こう 3〜6ヶ月を単月ベースのLP計算で最適化している。
本社と製油所の役割分担としては、本社が調達・物流・販売部門の情報も考慮した基本計画を策定し、製油所で詳細の見直しが実施されている。生産計画でも述べたほかに、製品や中間品の在庫や物流コストについては、本社が担当している。製品の品質規格は季節によって異なるが、生産体制の整備については、LP計算の入力情報として、先取りし、製品の置換について考慮しているようである。
特殊製品として大ロット輸出品がある。国内の品質規格と異なる項目があることや、輸送効率を高める必要から、大ロットになるため、事前準備が不可欠である。海外顧客とは商社や海外の関係先と十分に情報交換しながら、オーダーをできるだけ早く確定し、無理なく生産できるよう工夫されている。
報告義務もあるため、実績情報はすべてデータベース化されている。また細かいところでは、日付変更線を跨いだ荷揚げ、ブレンディング、出荷については分割し、厳密に管理されている。
価格、為替、需要予測に関しては、精度を上げる限界があるため、直近の延長線上で考えておき、ケーススタディーをして、個々の条件の変化に対する感度分析を実施している。これによって、状況変化に柔軟に対応し、在庫も含めて、無理のない操業を維持するように努めているようである。

4. 3インタビューの総括

 外部情報の活用については、積極的で特に石油業界のベンチマーキングを実施しているコンサルティング会社からの情報については、他社との比較と業界に置ける自社の位置付けが確認できることから、活用されているようである。
ERPや統合データベースのほか、一部の会社では販売部門で情報解析ツール(BI)を使用している。また制御レベルでは意思決定支援システムも利用している。
投資判断は、中長期計画をベースに社内の規定に基づいて運用されている。具体的な投資金額と承認権限について確認したかったが、情報公開は困難との回答を得た。また現状の意思決定スピードについては、工事可能期間や規制対応年度等の外部要因から遡って検討することから、一年に一度(必要があれば、半年で見直し)の頻度で特に問題ないとの見解が得られた。
逆に生産計画は需給対応に迅速さが求められるが、予測困難な情報が多く、精度向上に課題を抱えている企業が多いことが確認できた。基礎情報については、実績情報が業界団体(石油連盟)を通じて、経済産業省に報告する義務のあることから、情報データベースが整備されている。

5. 考察

石油業界の経営に関する意思決定については、現時点で運用されている何らかの手法を単独で利用したとしても、外乱や突発的な状況変化が大きく、大きな前進を図ることは困難と思われる。ただし収益改善が大きな領域については、今後、画期的な手法やシステムが開発されることも否定できず、今後の技術開発に期待したい。
石油会社一社ではどうしようもない制約条件が多いものの、個別領域ではいくつかの手法やツールが利用されており、個別領域ではなく、どのように今後情報を統合し、迅速かつ的確な判断を実施するかを検討することにより、改善も可能と思われる。

まとめ

 調査・検討の初期段階で、BIについては、操業管理には不向きと判断したが、今後の調査で、石油業界の特性にあった運用法の可能性について検討してみることは価値があると考える。
わが国の税制、保安、環境に関する規制が石油業界の国際競争力の足を引っ張っている懸念がある。原油を持たない国なので備蓄義務や、民間生活への影響が大きいことへの配慮は必要だが、石油に関する現行税制は、行き過ぎの感が否めない。石油会社の業界団体である石油連盟の考え方や石油連盟とのタイアップについても検討する余地があるのではないかと思われる。
本報告書の最後に、本WGの活動に際し、インタビューなどにご協力いただいた各社およびBIプルバイダーに感謝の意を述べる。
(インタビュー調査結果の詳細については、紙面の都合上割愛した。)

*省略語
BI: Business Intelligence
ERP: Enterprise Resource Planning
SCM: Supply Chain Management
RPM: Real time Performance Management
LP: Linear Programming
KPI: Key Performance Indicator

 

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