学会賞(表彰規程第3条1項に該当するもの)[学術的]

遷移金属触媒による有機分子への飽和炭素鎖およびカルコゲン原子団の新規導入手法の開発

 

神戸 宣明 殿(大阪大学大学院工学研究科 教授)

 神戸氏は,遷移金属触媒を用いる炭素‐ヘテロ原子結合の生成反応や炭素‐炭素結合形成反応を利用した有用化合物の精密合成新手法を開発し,当該分野の進展を先導する数多くの優れた成果を挙げている。以下に同氏の研究成果をまとめる。
 神戸氏は,鈴木‐宮浦反応や薗頭反応に代表される遷移金属触媒を用いるカップリング反応において,従来は極めて困難と考えられていたカップリング反応による有機分子へのアルキル基導入反応に取り組み,ジエンやアルキン存在下で遷移金属塩とアルキルグリニャール試薬を反応させることにより,炭素配位子のみからなるアニオン性錯体を形成させ,sp3炭素どうしの効率的クロスカップリング反応を達成した。この手法は,アリル基やアルキンなどのπ炭素配位子が,遷移金属から逆電子供与を受け,中間体のアニオン錯体を安定化するとともに,目的手法を達成するための懸案であったアルキル錯体からのβ水素脱離を抑制するという独自の作業仮説に基づいたものである。飽和炭化水素骨格の簡便な構築を可能とする同氏の反応は,重要かつ有用な合成手法として広く知られることとなった。また,アニオン性錯体からの1電子移動を鍵過程とする触媒系や,本来は親電子的な配位子を求核的な反応点として活性化する触媒系を創出し,アルキンやアルケン,ジエン等に各種アルキル基を効率よく導入する新手法を開発した。本手法により,遷移金属への酸化的付加が進行しないクロロシランやフッ化アルキルを用いたシリル基やアルキル基のユニークな導入反応および多成分カップリング反応を達成した。
 神戸氏はカルコゲン元素の有機合成への利用に関する研究を系統的に積み重ね,従来困難と考えられていた硫黄やセレンなどのカルコゲン原子団の有機分子への新規導入手法,特に遷移金属触媒を用いる炭素‐硫黄結合や炭素‐セレン結合の切断を伴うアレンやアルキンの付加反応を開発している。この手法を利用し,βラクタム環を含む種々のヘテロ環の簡便な構築にも成功した。さらに,金属に配位する配向基を有する芳香環のC−H結合を位置選択的に切断し,硫黄やセレン官能基を導入する新手法も開発している。これらの成果は有機分子への官能基導入,特に従来は困難とされたカルコゲン原子団の有機分子への効率的な導入を可能とするもので,有機機能材料を始めとするファインケミカルズの合成化学における重要かつ有用な手法となる。
 以上のように,神戸氏は,π炭素配位子を利用する飽和炭素骨格構築法と不飽和炭化水素類へのアルキル基およびカルコゲン原子団の導入手法を多数創出し,分子変換の革新的新手法に基づく合成化学の新分野を開拓し,その成果は石油化学・有機工業化学の発展に大きく貢献すると期待される。よって,同氏の業績は顕著であり,本会表彰規程第3条1項に該当するものと認められる。

 

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